旧中野刑務所正門「平和の門」100歳

2015年5月10日 21時22分 | カテゴリー: 活動報告

正面から見た平和の門

5月9日は、我が家から自転車で5分ほどの場所にある、「『平和の門』100歳を祝う会」に参加しました。正式名称『旧中野刑務所正門』の平和の門は、司法省技師だった後藤慶二氏の設計で1915(大正4)年に竣工。刑務所は、竣工当時は豊多摩監獄とよばれ、1922(大正11)年に豊多摩刑務所に改称、1957(昭和32)年に中野刑務所になりました。

 

日本におけるレンガ建築の最高峰とも言われるこの建物群は、レンガを焼くところから受刑者たちによってなされたそうです。かつては、大杉栄、荒畑寒村、小林多喜二、埴谷雄高らが治安維持法などで収監されていたことがあり、藤本敏夫が歌手の加藤登紀子さんと獄中結婚したのも中野刑務所です。

 

竣工から68年後の1983(昭和58)年に刑務所は壊され、現在は法務省の東京矯正管区・矯正研修所に平和の門だけが残っています。

 

北東からの外観

記録映像を観た後、「収監された思想家たち」「後藤慶二と奥多摩監獄〜煉瓦建築の魅力〜」と題するお話を聞き、平和の門の見学会が行われました。記録映像に映し出された、3トンの鉄球が刑務所の壁を直撃し、明治から大正、昭和の時代を生きてきた建物が崩壊していく様子に、胸が痛くなりました。

 

こんなに近くにありながら初めてみる平和の門は、そのデザイン性の高さに驚くとともに、懲罰としての監獄から、人間再生の場としての刑務所への変遷の証である遺構としても価値あるものだと感じました。